「The scenery of summer」(夏の風景)

scene1『rain』
九里香さま



夏の夕暮れ。学校からの帰り道。



「あ・・・」

「・・・あ」

夏特有の積乱雲が掛かった空から、ぽつんぽつんと大粒の雫が落ちて、頬を頭を濡らした。

「小狼くん、傘持ってる?」

「勿論」

鞄から取り出した折りたたみ傘を手早く開いていくうちに、あっという間に雨の勢いが増す。

「送っていくよ」

「・・・・・・うん」

折りたたみの傘は二人で入るにはちょっと小さめで、きゅっとくっついて、雨をしのぐ。

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

雨の音を聞きながら、二人は無言で歩く。

傘を打つ雨の音。

地面を叩く雨の音。

空から落ちる雨の音。

そして、雨を踏みしめる水の音。

耳の奥がたくさんの雨音で木霊する。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

さくらは、小狼の顔を見上げた。

それまで、うるさいくらいだった雨音がぴたりと止み、静かな時間がそこに流れる。

ひとつの空間に居ながら、傘で遮断された内側に不思議な感覚を覚えた。

傘を持つ小狼の腕にそっと手を回し、さくらは目を閉じた。

静かな呼吸。

温かい体温。

伝わる熱。

染み渡る気持ち。

色んなものを感じる。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

雨音が戻ってきた。

その音は、小さく、緩やかに変化している。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

幾度か瞬きをしながらゆっくり瞼を開き、視界を戻す。

上げられない視線の先にさくらの目は留まった。

天と傘から流れ落ちる雨滴で小狼の肩はだいぶ濡れている。

傘はさくらが濡れないようにと傾けられていた。

さくらは小狼の手を少し押し戻し、傘の傾きを正す。

「小狼くん、濡れてる」

「さくらが濡れるより、いい・・・」

再び傾けられる傘。

さくらは嬉しそうに、にっこりと微笑む。

「じゃあ、私も・・・」

と傘から抜け出すと、鞄をくるっと後ろ手に回し、小狼の方を振り返る。

「小狼くんだけが濡れるのは、イヤだもん」

「・・・おい、風邪引くぞ」

差し出される傘をするりとかわし、

「小狼くん、早く!」

と少し離れたところで、小狼を呼ぶ。

さくらは楽しそうに、小降りになった雨の中をくるくると動き回り、小狼を翻弄する。

小狼が近づいては離れ、離れては近づくのを待つさくら。

じっと小狼の瞳を見つめる。

その瞳が何を求めているのかを察した小狼は、傘をたたみ、さくらの頭をぽんっと叩く。

「ほら、行くぞ」

「うんっ」

二人は駆け出す。さくらの家とは反対方向へ。

「競争だよ?」

「手加減なしで?」

「あ、それはダメ!」



空端はもう明るくなり始めている。






                                    <了>





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