ぬくもり
「きれ〜い・・・。」
さくらは、滑りを止めて歓喜の声を上げた。
向かいや周りの山々は、雪化粧によって、その姿を白く美しい姿へと変えている。
今日は、友枝中学校のスキー教室。
毎年1年生は冬になると、友枝町からバスで2時間かけてこのスキー場へとやってくる。
1泊2日の短期日程ではあるが、さくらはこの日をとても楽しみにしていた。
午前の班別の技術研修を終え、午後のこの時間は自由時間となっている。
辺りを見回すと、さくらと同じ友枝中学校指定のスキーウェアを着た子達が
スキーを楽しんだり、麓で雪遊びをしたりして、思い思いの時間を楽しんでいる。
「小狼君、どこかなぁ・・・?」
その中から、自分の一番の人の姿を探し始めたとき、目の前に知世の姿が現れた。
片手にビデオカメラを持って。
「と、知世ちゃん・・・」
「さくらちゃんって、本当に素晴らしいですわ〜♪」
瞳を輝かせ、うっとりとした表情をしながら、そう言ってくる。
「それ・・・」
「『さくらちゃん初めてのスキーの巻』は、絶対にビデオにおさめねば!!」
撮影を続けながら、そう言ってくる知世の姿に、さくらは苦笑いを見せる。
「でも、本当にさくらちゃんは、運動がお得意ですのね。
まだ先生に教わって2・3時間程しか経っていませんのに、
あれだけ滑れるようになられるなんて!!」
さくらにとって、今回が初めてのスキー。
最初は「上手に滑れるようになるかなぁ」と心配していたが、
持ち前の運動神経のよさで、午前の技術研修の終わり際にはかなり上達していた。
そして、そんなさくらの上達振りに、先生をはじめ
利佳や奈緒子、千春や山崎らも「すごいねぇ」と口を揃えた。
「そんなことないよ。それに、知世ちゃんの方がとっても上手!!」
手を合わせ、そう言って無邪気な笑顔を見せるさくらに
「母に小さい頃から教わっていましたから」
と、知世はにっこりとした表情を見せた。
「あら?」
ふと知世が、山の上へと視線を移す。
「ほえ?」
知世の視線の先へと、顔を向けると―――
「小狼君っ!!」
目に飛び込んできたのは、こちらも今回が初めてのスキーだとは思えない
上手い滑りで降りてくる、小狼の姿だった。
香港で生まれ育った小狼は、スキーはもちろんしたことが無かった。
初めのうちは、転んだり、降り積もった雪の感触に慣れず悪戦苦闘していたが
さくらと同じく持ち前の運動神経と、さくらにみっともない姿を見せたくないという想いから
ものすごい上達振りを見せていた。
「李君も素晴らしいですわね。」
「小狼君、運動得意だし、頑張り屋さんだもん♪」
そして、笑顔でさくらは小狼を見つめていた。
「すごいね!!小狼君っ!!」
二人の元に滑り降りて来た小狼に、さくらは無邪気な笑顔で賞賛の声をかける。
「べ、別にそんな事は無い・・・」
照れで赤く染まった顔を隠すように、小狼はぷいっと顔を背ける。
「いいえ。さくらちゃんも李くんも本当にお上手ですわ!!
まだ時間もございますし、お二人で上の中級コースへ行かれてはいかがでしょう?
頂上からの眺めは絶景ですのよ。」
知世がそう提案する。
「えっ、本当!?
小狼君、どうする?」
上目遣いで、お願いするように見つめるさくら。
「お、俺はべ、別に構わないが・・・」
「よかったぁ♪」
そう笑顔で心底喜ぶさくらに、小狼はまたもや赤くなる。
「では、私は下でお二人が降りてこられるのを撮影しますわね。」
デジタルカメラを掲げ、にっこりと微笑む友世に、二人は苦笑いを漏らした。
頂上へと続くゴンドラには、人気があまりなかった。
そのおかげで、さくらと小狼は、二人きりでゴンドラに乗る事となった。
「ふふふっ。よかったぁ♪」
そう笑みを見せるさくら。
「なにが、よかったんだ?」
そう問い返す小狼。
「わたし、スキーに来たの初めてだったから、まだリフトに慣れてないの。
乗る時はいいんだけど、降りる時が難しいから・・・。
だから、ゴンドラでよかったなぁって。
それに、小狼君と二人きりだし・・・」
最後の言葉に、自ら顔を赤く染めて俯くさくらを見て
小狼も顔を真っ赤にしていた。
ぬくもりと共に二人を乗せ、ゴンドラは頂上を目指していた。
「わぁ、すっご〜い!!」
頂上に着いて、辺りの景色を目にしたさくらは歓喜の声を上げた。
青く晴れ渡る空
360゜の大パノラマ
辺りの山々は雪に包まれ、まさに壮麗というべき景色が広がる。
「小狼君、すごいねぇ・・・。」
自然の美しさを目の前にして、さくらはうっとりとする。
「きれい・・・。」
ぽつりと零れる。
そんなさくらの姿を見つめながら、小狼の胸の鼓動は高鳴っていた。
「じゃ、滑ろう♪」
少し降り始めた雪に、小狼が
「山の天気は変わりやすい。そろそろ滑り始めよう。」
と提案した事で、さくらは、まだ覚めやらぬ感激をおいて、滑る用意を終えた。
「焦らなくていいから、ゆっくりと行こう。」
そう言う小狼に、優しさを感じるさくら。
「うん!!」
そして、二人は滑り始めた。
笑顔の二人とは裏腹に、
頭上の雪雲は、その色をより黒く変化させていた。
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