Miscast 3




舞台の上では軍服姿の二人が思いつめた表情で語り合っていた。

「バスティーユの砲門がすべて街に向いている。
 私はそんな指示を出したはずはないのに。」

「万が一に備えて、国防大臣が指示したのだ。私達の姿が見えないのを知って・・」

「あれが、一斉に攻撃を開始したら・・・街は、民はどうなる。」

「行こう。アンドレ。バスティーユへ。私達の本当の祖国は国民達なのだから。」

「死ぬかもしれないぞ。マリー。」

「アンドレ。その名は捨てたはず・・。それに貴方となら死など怖くない。」


そう、彼女は呟くと高らかに鬨の声を上げる。


「今から、我らは国民軍だ。街を国民を守るのだ。進め!いざ、バスティ−ユへ。」



   



小狼は舞台の上で凛々しく輝く彼女を眩しそうに見詰めていた。

ドレス姿のさくらも美しいがこうやって戦いに向う表情はさくらによく似合う。

今まで自分は何度となくそんな表情の彼女を見てきた。

・・・劇などではなく本当の戦いの場面を。

強く、凛々しい彼女の姿・・それは限りない優しさの裏返しで・・・。

自分はそんな彼女を目の当たりにするたびに、心を奪われてきたのだ。

きっと今の役柄のように・・・。

小狼は自分が本当のアンドレになっていくような錯覚を覚えながら足を踏み出す。


(そう、ここは舞台の上。俺はアンドレ。・・俺が守るのはオスカルだ。)





「さくらちゃんの演技もいいけど、李君の視線も凄いね〜。小学生の時の舞台はともかく、 『悲しい恋』といい、李君は役者のセンスがあると思うな。」

奈緒子の言葉に知世は心の中で思う。


(李君の場合は演技じゃありませんもの。)




「どうしたの。桃矢。そんなに怖い顔して。」

「あのガキ、あんな目でさくらを見やがって。」

「そういう設定なんだから。はい、ポテトチップ食べる?」





   





舞台の上では銃撃戦が始まっていた。
髪をなびかせながら先頭に立って、指揮をとるオスカル。
そして彼女を労わるようにすぐ横で銃をもつアンドレ。
活き上がる国民軍に対して、バスティーユ側はすっかり押され気味だ。
業を煮やして相手の司令官が叫ぶ。

「あの指揮官をねらえ。そうすれば奴らは混乱するはずだ。」

「はっ。」



そして一発の銃声が館内に響き渡った・・・パーン・・


突然、オスカルが胸を押さえて跪く。
反射的に彼女を支えようと前に飛び出すアンドレ。
それにタイミングを合わせるかのように・・・もう、一発の銃声が・・

オスカルを抱きしめたまま、仰け反るアンドレ。


「隊長!!」

「アンドレ!!」

部下達の叫びがこだまする。

そしてそれに呼応するように客席からも多くの悲鳴が上がった。



「キャー!!李様!!」

「木之本先輩!!」



だが、オスカルは苦痛の表情を浮かべながらも大声で叫ぶ。

「やめるな!!バスティーユを陥落させるのだ!!」




背後で戦いが繰広げられる中、照明がすっと落とされ、舞台中央に
抱き合ったままの二人の姿が浮かび上がる。

見詰め合う二人。
お互いの存在しか目に入らない。
相手の瞳の中にいる自分の姿を確認するかのように、深く、深くただ見詰めあう。



「オスカル・・・だ・・だいじょう・・ぶ・・か。」

表情は穏かなもののその微みから搾り出される声は途切れ途切れで・・・

「撃たれたのか・・アンドレ。」

「運命の・・神は・・優しいな・・ずっと一緒・・だ。」

彼の言葉にオスカルは心配そうな表情をふっと崩す。
微笑み返す彼女の体も限界に近い。

「今度は普通の男と女がいい・・愛してる・・アンドレ。」

「俺の・・オスカル。」


見詰め合う二人の目がゆっくりと閉じられ、抱き合ったまま床に崩れてゆく。

それは一つの彫像のように結び付けられ、しっかりとお互いを離そうとはしない。


「隊長!、アンドレ!見てください!白旗が。」

その声に目を閉じたままの表情がニッコリと微笑みに変わる。
そして・・・二人は動かなくなった。


白旗の前で、泣き崩れる兵士達。
何も知らずに勝利の歓声をあげる街の人々。



舞台は暗転する。



   



観客席にはすすり泣きの声があちこちで溢れていた。

「悲しいけど・・・綺麗だった。」

「感動だよね。」

「なんで二人を死なせるの?でも、あんな恋してみたい・・」

「くやしいけどお似合いだったぞー!」





そんな客席の反応を見ながら舞台袖では生徒達が最後の幕の準備に余念がない。


「お疲れ様。さくらちゃん、李君。・・すっごく良かったよ。」

「ありがとう。なんか自分が本当にオスカルになった気分だったよ。」

「俺もだ。」

「まぁ、それでは先ほどの愛の告白は本心だったのですわね。」

知世の突っ込みに、二人は真っ赤になって俯いてしまう。
舞台の上ではあれほど堂々の演技をみせたはずなのに、現実では子供の頃からちっとも変わらないテレ屋な恋人達。

しっかりとビデオに収めながら、知世はくすくすと笑う。



「それでは私も最後の出番にいってきますわ。」





   





「本当に逃げなくて良かったのですか?」

王妃の服装をした知世が言う。
これぞマリーアントワネットというべき美しい彼女の出で立ちはまさに女王然としていて一分のすきもない。

そして王の出で立ちをした千春もまた柔らかい笑みを浮かべて言う。

「いいんだ。陛下と王妃さまの名を汚さぬよう立派に死んでいきたい。
 オスカル、いや王妃・・離れて死んでいくのは寂しいけど

 先に逝って待っているから。」

「ええ、私もすぐに参りますわ。」


断頭台のセットの前でルイ16世に扮した本当のアンドレが語る。

「我が祖国よ。我は死してもこの眼(まなこ)を閉じることなく
 愛するこの国の行方を見守り続けるであろう。・・・貴方がたの代わりに。」

最後の一言を囁くように呟くと断頭台への階段を歩く。

そして照明が落とされ、「独立万歳!!」の歓声が上がった。



「あぁ、逝ってしまったのね。私もまた、あの方の名に羞じないように
 最後まで恐れることなく胸を張って逝きますわ。
 待っていてね。貴方・・この世で結ばれなくとも私達は夫婦だったのだから。

 さようなら、フランス。・・・さようならオスカルとして生きた日々・・・

 次に生まれてくる時は野に咲くバラとして・・貴方とともに・・」
 
背筋をぴんと張り、これから最高の舞台へ向うような凛とした足取りで、彼女もまた階段を昇っていく。
愛しい人達の待つ楽園へと続く階段を・・・



ブロンドの髪 ひるがえし 青き瞳の その姿
     ペガサスの翼にも似て 我が心震わす
     ああ 忘れじの君 天に呼べど 君は答えず
     ああ 忘れじの君 天に呼べど 君は答えず

            (引用  宝塚歌劇団 「我が心のオスカル」より)



         朝風にゆれる後れ毛 見せながら
         凛凛しい姿 遠ざかる 
         なぜか 憂いの影秘めて
         忘れえぬ人と 恋い慕う
         白い面影 美しく
         オスカル オスカル
         君は心の 白ばらか

                   
            (引用  宝塚歌劇団 「白ばらの人」より)











美しいコーラスと共に下りてゆく幕に、割れんばかりの拍手が響いた。

場内は感動のため息とアンコールに包まれ・・・

再び登場した二年B組の生徒達に歓声が沸き起こる。


こうして、無事星條高校の文化祭は幕を閉じたのだった。





  





後片付けも終わり、帰り道・・ふたりっきりの影が長く伸びる。


「良かったね。大成功で。」

「あぁ。」


相変らず、無口な彼にさくらは微笑を返すと、暗くなっていく空を見上げて言う。


「私ね、羨ましかったの。・・・死ぬ時まで一緒なんていいなって。」

「・・・」

「生まれてくる時と、死ぬ時は皆一人なのかなって。仕方ない事なのかなって思ってた。
 だから、たとえお芝居でもこんな二人もいるって・・・なんか変だね。
 去年の事、まだ不安に思っているのかな。」

「大丈夫だ。約束しただろう。・・ずっと一緒だ、俺達は。」


小狼の言葉に彼女の顔が満面の笑みに変わる。


「そうだね。」




離れていた影がゆっくりと重なり合う。

まるで今日の舞台の上の二人のように・・・
秋の早い日暮れに心の中で感謝を送りながら・・。








                                          END





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