Miscast




「それでは満場一致で今年の二年B組の出し物は『ベルばら』に決定しました。」



教室中から拍手が沸き起こる。

一ヵ月後に星條高校は学園祭を控え,どことなく学校全体が活気に溢れていた。

そんな中、受験を控えている三年生や右も左もわからない一年生と違って
最も盛り上がるのが二年生の各クラス。

さくら達のいるB組も、凝った出し物をしようと考えた末に決まったのが劇だった。



(そう言えば、お兄ちゃんたちも劇だったんだよね。)



ミストの出現で幻に終った桃矢たちの『シンデレラ』はさくら達の時代になっても
名作として語り継がれている。

『おかまのシンデレラの災難』・・・という副題までつけられて・・。





   





「では配役はくじびきで決めたいと思います。」

山崎の司会のもと生徒達は順番に黒板にかかれたあみだに名前を入れる。


(あいつ、観月先生方式取り入れてやがる・・)


小狼は苦い思い出にほんの少し、嫌な予感を感じながらも名前を書き入れた。

二年生になって友小時代の仲良しが同じクラスになったのも何かの因縁かもしれない。



「演出、脚本の柳沢さんを除いて、全員の名前が入りました。では、配役を発表します。」

「まず初めにマリーアントワネットは・・・木之本さくらさん。」


ワ〜ッ!!っと歓声が上がる。

確かに絶世の美女と謳われた王妃のドレス姿はさくらにぴったりかもかもしれない・・

だが・・

「残念ですわ〜。運動神経抜群のさくらちゃんなら、オスカルなんかぴったりですのに。
 ある意味悪役とは・・。でも、お任せください。
 誰もさくらちゃんを悪い王妃とは思えないくらい美しく仕上げて見せますわ。

 あとは、脚本に細工をすれば・・・いえ、いえ、お気になさらずに。こっちの話ですわ。」


「ほぇ〜。」



「次にルイ16世役、・・これはこれは。さすが未来のご夫婦。
 あみだの神様も応援してるね。・・・李小狼君。」


「うっ。」


山崎の発言にあちらこちらからヒュー、ヒューと声が上がる。

冷やかされた当の本人達はただひたすら顔を真っ赤にするばかり。


「いくら夫婦役とはいえ、これまたがっかりですわ。
 どうせなら、魅惑の愛人、フェルゼン伯爵の方が李君にはぴったりですのに。」


いつになく知世は不服そうだ。

だが、彼女の思惑に反して次々と配役は決まっていく。



「次はフェルゼン・・・えっと、あはは・・僕でした。

 千春ちゃん、李君ごめんね。今回はさくらちゃんと浮気するけど・・お芝居だから。」


山崎の冗談に小狼が恐ろしい目で睨む。

「山崎、早く進めろ。」

「貴志、そんなこといってると後で李君に秘孔突かれるわよ。」


二人の反撃にクラスメイト達は大笑い。

山崎はポリポリと頭を掻いて誤魔化す。


「ははは、じゃぁ、次行こう。アンドレは、・・・あれ千春ちゃんだ。男勝りな所がぴったりだね。」

「貴志〜!!」

千春も本気で怒り出す。





ひとつ配役が発表されるたび、教室中がどよめき、笑い、ブーイングし、

あたかも既に学園祭が始まっているかのような賑わしさだ。



そしていよいよ主役発表の時が、



「それでは主役、オスカルは・・えっ、大道寺知世さん。」


え〜っ!!


別の意味での歓声。
どう見たって普段の知世とオスカルのイメージは重ならない・・・

いかにもお嬢様然とした雰囲気の彼女よりは男子のほうがまだ似合うかもしれない。


「困りましたわ。私、今回もナレーションをやらせて戴きたかったのに。
主役ではさくらちゃんの勇姿をビデオに撮れませんもの。」


だが、そんな知世の言葉を全く聞いてない人物がひとり。


「すごいね〜。知世ちゃん、主役だよ〜。
 私、一度でいいから知世ちゃんと舞台に立ってみたかったの。
 絶対ピッタリだと思うよ。頑張ろうね。」

「まぁ、さくらちゃんにそんなことをおっしゃられては・・・。

 わかりました。お引き受けしますわ。」





その夜、この配役にある人物の裏手パンチが炸裂したことは言うまでも無い。

「そりゃぁ、『ベルばら』やのうて、『バラバラ』やな〜。」


こうして学園祭の幕は切って落とされた。





   





晴天の青空の中、星條高校学園祭が始まった。

思った以上の人出に生徒達は大張り切り。



「じゃ、お兄ちゃん、私、準備あるから劇の時間まで適当に時間潰しててね。

 それとケロちゃん宜しくね。」



「・・・ったく。何で俺がぬいぐるみの世話しなきゃいけねぇんだ。」

「なんやて。世話してやっとるのはワイやないか。」

さくらの姿が見えなくなった途端、文句を言い出す二人にほんわかした口調で雪兎が言う。

「あのさ、あんみつ食べに行かない?」

「おぉう、さすが雪兎、気が合うな〜。こうなったら、学校中の食いもん制覇や〜。」

「それいいね。あ、ちょっと待ってもう一人の僕が何か言ってる。
 ・・『気が合うなを訂正しろ』だって。あはは。」

「ほっとけ。食えんものの僻みや。ほな、行くで〜。」

そう言って、ちゃっかりと雪兎の上着に隠れるケロとその相棒をみながら
桃矢がこっそりと毒づいた。


「やっぱり、あいつら似たもの同士だ。」



   



一方、楽屋裏では劇の準備が始まっていた。



「これで準備は万全ですわ。」

「ほぇ、知世ちゃん、どこ行ってたの?」

「お母様が少し遅れるかもしれませんので、本意ではないのですが
 ボディーガードの皆さんにビデオを頼んでまいりましたの。
 さくらちゃんの美しさをどこまでしっかり撮っていただけるかかちょっと心配なのですが、
 仕方ありませんわ。
 一応、三台ビデオのほうは用意させましたので後は、編集でなんとか。
 ・・・それよりそろそろさくらちゃんと李君のお支度をしなければ・・。」

「いいよ、自分でできるから。知世ちゃんだってお支度あるのに。」

「私のほうはすぐできますの。それより世界に名高い美貌の王妃を完璧に仕上げる事が
 私の使命ですわ。」



小狼は、知世になかば強引に拉致されていくさくらを横目で見ながら考えていた。

昨日から心に引っかかっている疑問を解決したい。

そんな衝動に動かされ、忙しそうに最後のチェックをしている奈緒子に声をかけた。

「おい、柳沢。ちょっといいか?」

「あ、李君。まだ支度してないの?」

「大道寺にちょっと待ってろって言われた。
 ・・それより、あの台本の事なんだが・・ちょっと違ってないか?」

「何が?」

「いや、内容が。
 ・・昨日、漸く『ベルばら』ってやつを途中までみたんだが、
 なんかずいぶんと話が変わっているような・・。」

「何言ってるの?李君。原作をそのままやるのが全てじゃないんだよ。
 原作のエッセンスを生かしつつ、オリジナリティーがあるのが脚本なんだから。」

いつもの奈緒子からは想像もつかないほどの剣幕に押され、反射的に頭を下げる。

「そうなのか。・・・悪かったな。気を悪くしないでくれ。」

「大丈夫。それより、頑張ってよね。ルイ16世様。」

「あぁ。」


あれほど熱く語るからにはそれなりの作品なのだろう。
人を疑うのが苦手な彼はすっかり奈緒子の言い分に納得していた。



(少女漫画を手にとるのが恥かしくって、少ししかみなかったしな。あとは精一杯やるだけだ。)



そう新たな決意を胸にする小狼の視界にさくらの消えた更衣室のドアが開くのが見えた。


「ほほほ。皆さん、出来ましたわ〜。」

顔中を綻ばせて告げる知世の後ろから出てきたのは・・・



「さ・・・・」


彼は呼びかけた声を忘れてただ、息を呑む。

そこには豪華なルイ王朝風のドレスに身を包んださくらが恥かしそうに立っていた。

普段、さらさらと流れるストレートの髪は柔らかく巻き上げられ

華やかな顔の造作を一層美しく取り囲む。

艶やかな色に染められた目元や唇が余りにも艶かしい。

きゅっと絞られた細いウエスト。

レースからこぼれるミルク色の肌。

14歳で嫁いだというアントワネットはこれほどに美しかったのだろうか。


「皆さん、息を飲むほど驚嘆されるお気持はわかりますが、あまり時間がありませんわよ。」


彼だけでなく、同じように見惚れていたクラスメイト達がその言葉に漸く動き出す。

ただ一人、硬直状態を維持し続ける彼の下にさくらがふんわりと近付いた。


「どうかな。小狼君。」

「・・き、綺麗だ。」

取り繕う事も出来ない彼の言葉に、さくらはぽっと頬を染める。

その様子にまたしても目を奪われてしまう小狼。

今の彼女はさくらの花というよりも真紅のバラのようで・・・。



「さ、こんな綺麗な王妃様に似合う王様にならなくては・・李君。行きましょう。」



すっかりペースを乱されて、知世の言いなりになりながら彼は思う。


(劇・・ちゃんとやる自信なくなってきた。)










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