Sleeping Beauty 「じゃあ小狼君、私この日誌、知世ちゃんといっしょに届けてくるね。」 「ああ。」 さくらと知世は今日の日直。ようやく全部書き終えたさくらは知世と連れ立って教室を出て行った。 「ちょっとお待ちくださいね。」 知世がいつもの口調で小狼に話し掛ける。小狼とさくらは彼が友枝に戻ってきて以来、毎日いっしょに登下校していた。さくらが日誌を届けに行った職員室は隣の校舎だ。戻ってくるまでしばらくかかるだろう・・・。小狼は鞄の中から一冊の本を取り出し、ページをめくる。 「今度は何が読みたいんだ?」 数日前、ようやく「SnowWhite」を読み終えたさくらに小狼が尋ねた。 「え〜とね、王子様とお姫様が出てきてハッピーエンドになるお話。」 はにゃ〜んな顔でさくらが言う。 「それじゃ、あまり変わりばえしないじゃないか・・・。」 小狼にはさくらがお姫様にあこがれる気持ちがよく理解できない。彼にとってはこうした童話はどれもほとんど同じ物に感じられたからだ。 「だって好きなんだもの。」 まあ、読む本人が好きだって言うのならかまわないか・・・そんなことを思いながら小狼はさくらの横顔を見つめていた。 (変わらないな。) 小狼の瞳が優しくなる。時々おとなっぽい表情をみせるようになってきたさくらの顔。しかし王子様とお姫様の恋物語にあこがれて夢見るような瞳をしている様子はあの頃よく「はにゃ〜ん」状態になっていたさくらを彷彿とさせる。 「ひとつ読みたいお話があるの。」 「何だ?」 さくらがちょっと頬を染め言った。 「SleepingBeauty・・・。」 ---眠れる森の美女。 「思い出のあるお話だから・・・。」さくらは小狼を見つめながらそう言った。小狼はそれが何を意味しているかすぐわかった。小学校の学芸会、二人で舞台に立ったあの日のことをさくらは覚えていた。小狼はページをめくりながら思い起こしていた。あの日の自分のことを・・・。 「くそ!」 うかつだった。『闇』だと気付いていたのにみすみすその闇に取り込まれてしまったのだから。 (あいつ、どうしているだろう・・・。) 小狼が闇の中で真っ先に考えたのはさくらのことだった。闇に包まれ怖がっているのではないか、いや、あいつのことだから泣いているかもしれない。そう思うといてもたってもいられなかった。---とにかく、あいつを探そう。気配を感じ、その方向へと駆け出した。ドレスのすそが足に絡まりなんとも走りにくい。 (大道寺のやつがこんなものを着せるから・・・。) 苛立ちを八つ当たりでごまかし、必死にさくらの気配を追う。しかし、すぐ傍にいるはずなのにいくら走っても彼女の姿は見つからない。小狼は焦り始めた。 (このままでは闇にのまれてしまう・・・。) さくら、気付いてくれ!必死の思いで念ずる。これは『闇』のカードだ、おまえが気付けば封ずることができるはずだと。 一瞬闇が揺らいだ。さくらがカードの正体に気がついたのだ。が、それもわずかのこと。闇はいっそうその色を濃くしていく。 「さくら!!」 小狼は無意識のうちに声に出してさくらの名を呼んでいた。おまえが消えてしまったら誰がカードを集めるんだ。お願いだ。気付いてくれ。絶対おまえのそばにあるはずだ。 そのとき小狼の心にさくらの声が響いた。 『だいじょうぶ、なんとかなるよ。絶対だいじょうぶだよ。』 そうだ、さくら。おまえならだいじょうぶだ。落ち着け。おまえなら必ずできるはずだ。 『光!!』 闇を破り光があふれる。小狼の心に安堵の想いがわく。もうだいじょうぶだ。 とたんに消えていたはず(そう思っていた)のライトに照らし出され、呆然としているとすぐ目の前にさくらの姿があった。 「よかったー!!!」 小狼はさくらに抱きつかれて硬直した。 (思えば、俺はあの頃にはもうさくらに惹かれていたんだな・・・。) 小狼は本から目を上げると遠くを見ながら微笑んだ。抱きつかれた時の笑顔があまりにまぶしくて身体が動かなかった。顔が火照るのを感じたがどうしてなのか自分では理解できなかった。今ならわかる。 (俺はさくらを好きだったんだ・・・。) 「小狼君、お待たせ!」 さくらが知世とともに教室に戻ってきた。 「帰ろっか。」 「ああ。」 「知世ちゃんは?」 さくらは知世を振り返る。 「今日はコーラス部の練習がありますので、お二人でお帰りくださいな。」 知世はにっこりと答える。 「そう?じゃあ、またあしたね!」 「じゃあな。」 「ええ、またあした。」 ふたりは知世に挨拶すると学校をあとにした。 (せっかく李君がお帰りになったのですから、ふたりでゆっくりなさってくださいな。) 知世はふたりの後ろ姿を温かな目で見送った。 「日、長くなってきたね。」 「ああ。」 さくらがぴょんぴょんとステップを踏みながら小狼に話しかける。 「ねぇ、ちょっと公園によっていこうよ。」 中学生にもなって公園も何も・・・とは思ったが、さくらの笑顔にはかなわない。小狼は苦笑しながら、もうその方向に駆けていくさくらを追った。 「小狼君、こっちこっち!」 さくらが大きく手を振っている。逆光でまぶしいさくらの姿を手をかざして見つめながら小狼はさくらの方に歩いていった。 キー、キー。 さくらはブランコに腰掛けていた。小狼が隣のブランコに腰掛けると待っていたかのようにさくらが口を開いた。 「私ね、小狼君がまだ香港にいたときに一人でよくここに来たの・・・。」 さくらは小狼の方を見ずに話を続ける。 「寂しくって涙がこぼれそうになったとき、よくここでこうしていたの・・・。」 「さくら・・・。」 「ここにいると小狼君の声が聞こえるような気がしたの・・・。小狼君が傍にいてくれている感じがしたの・・・。」 さくらはやはりまだ顔を上げない。小狼はさくらが泣いているような気がして思わずさくらの頬に手を伸ばした。さくらはピクッと身体を震わせる。 顔を上げたさくらの瞳にはやはり大粒の涙がたまっていた。 「言っただろう?おまえの傍にずっといるって・・・。」 小狼はさくらの瞳を真っ直ぐ見つめてそう言った。 「もう泣かなくてもいいんだ。」 「小狼君・・・。」 さくらはようやく微笑んだ。 「これ・・・。」 小狼はかばんからさっき教室で開いていた本を取り出した。 「あっ、買って来てくれたんだ。」 「ああ。」 「ありがとう!!」 さくらは自分の胸にきゅっと本を抱きしめた。早速本を開いてみる。大きすぎず小さすぎない活字、美しい挿絵。きっとさくらが楽しく読めるようにと選んでくれたのだろう。 「きれいな絵だね!」 さくらの喜ぶ様子を見ながら小狼はさっきのことを思い出していた。もう寂しい思いはさせたくない。いや、絶対させない。さくらには笑顔が一番似合うのだから・・・。 さくらは大事そうにそうっとページをめくる。 「この本は線、引けないなぁ。」 「えっ?」 小狼はさくらの意外な一言に疑問符を浮かべる。 「だって、小狼君がくれたんだもの。」 最高にうれしそうにさくらは微笑む。思わず小狼の眼はその笑顔にくぎ付けになる。 「でも、おまえそれじゃあ勉強に・・・。」 「ノートに写すよ!」 うむを言わさない調子でさくらは断言する。 (こんなところは変わってないな。) 泣き虫で怖がりのくせに一度こうと決めたら絶対ひかない。その一途さに何度驚いたことだろう。そしてその強さにいつの間にか惹かれていたのだ。優しさと強さを持つ彼女に・・・。 さくらは最後のページを広げるとポツっと言った。 「もし私が・・・。」 「なんだ?」 途中で言いよどんでしまったさくらに小狼が続きを促す。 「あの時は小狼君がお姫様だったけれど・・・。もし、私がオーロラ姫だったら小狼君、王子様になってくれる?」 あまりにストレートな質問に小狼は一瞬何と答えたものか戸惑った。 「私が眠ったままだったら起こしてくれる?」 さくらは目をそらさず小狼を見つめている。 「・・・おまえが起きたくないって言っても起こすだろうな。」 「えっ?」 「おまえ寝坊だからな。」 そう言ってくすっと笑う小狼にさくらは「小狼君のいじわる!」っと言って軽くふくれてみせる。 「怒るなよ。」 そう言うと小狼はさくらの耳元で何かを囁いた。とたんにさくらは赤くなる。 (ほええええ・・・。) そんなさくらの様子を楽しげに見ながら小狼は立ち上がった。 「もう帰るぞ。」 「あっ、待って!」 あわててさくらも本を鞄にしまってあとを追う。数歩歩いたところで小狼が突然振り向いた。 不意打ち---。 「目、覚めただろう?」 その夜さくらはなかなか寝付かれず、結局、翌日も目が覚めたのは遅刻ぎりぎりの時間。不意打ちももちろん原因だったが、一番の原因は耳元で囁かれた小狼の言葉。 『お姫様がいつまでも眠ってたら王子は結婚できないからな。』 -----Fin----- |