☆まりあ☆




☆☆☆ act 1 ☆☆☆

「木之本さんって可愛いよなぁ〜〜」

すれ違いざまに聞こえた 見知らぬクラスの男子生徒の声に、小狼の耳が素早く反応した。

(当たり前だ)

彼女が可愛いのは最初から。
自分は最初からその笑みに虜にさせられていた。

とろけるようなとびっきりの笑顔を持つ少女。
ずっと、ずっと大切に守っていきたいと、心から想える大切な相手。
彼女の名は、さくらという。

『木之本さんって可愛いよなぁ〜〜』

男子生徒の声に素直にうなずく反面、
どす黒い嫉妬を腑で煮え返す醜い自分がいることに気が付く。

自然とガビガビと強張ってしまう顔が、その事実をせつせつと物語ってしまい、小狼は自嘲的に苦笑する。

どんなに取り繕っても、彼女に関することでは、小狼のポーカーフェイスは形無しだった。

(さくらは・・・可愛いから・・・・)

素直で可愛い彼女は、自分を虜にするだけではなく、
意図していない内に周りの男までも虜にしてしまう・・・不思議な魅力を持った美少女なのだ。

そのため、小狼の心には常に 穏やかでは居られない危機感と不安が渦巻く。

『万が一にも、さくらの心の中に別の男の存在が出来てしまったら・・・?』

今、さくらの心の中を占めている存在が自分であっても、
この先のことまではわからない。

もし彼女が自分の元から離れていってしまったら?

そんなことがあったら・・・・きっと自分は立ち直れないかもしれない。

世界中で一番愛しい存在。

名を『さくら』という。

彼女のことを想うたびに、小狼の胸は甘く切なく恋いこがれ・・・そして漠然とした不安に駆り立てられる。



「ですって。お聞きになりました?李君。」

ふわりとした優しい声が背後から聞こえて、小狼は振り返った。

さくらの小学生時代からの親友。
大道寺知世が、小狼の心なんて簡単に見通すかのような瞳で小狼を見上げていた。

「なんのことだ・・・?大道寺・・・」

(見られていたのか・・・)

という焦りと恥ずかしさを、必死に隠そうと、平静を装って小狼はわずかに知世から顔を背ける。

「ふふふ・・・李君は本当に、さくらちゃんのこととなりますと隠し事が苦手ですのね。」

知世のこの一声に、小狼はカーッッと赤くなり、隠していた動揺を顔に出してしまう。

自分自身でも先ほど気が付いたことなのに
他人にまで言われてしまうとは、「余程」なのだろう。
それとも、知世だからわかってしまうのだろうか?


くすくすっと、そんな小狼の様子に声を立てて笑っていた知世だったが、
あっと思い出したように小狼に尋ねる。

「それはそうと・・・さくらちゃんなのですが・・・
先ほどから姿を見かけないので・・・李君、ご存じありません?」

「・・・さくら?・・・・いや・・・見てないけど・・・」

「そうですか・・・・今日はわたしの買い物にお付き合いしてくれるということで、
一緒に帰る約束をしていたのですが・・・・」

ちらりと覗かせるさくらを心配する表情。

沢山の人の心を占めている彼女。

そのことは、小狼にとって誇らしくもあり、恨めしくもある。
・・・それはさくらを独占していたいという、小さな嫉妬心。
子供じみた我が儘な独占欲だ。

「職員室か何処かにいるんじゃないか?そのうちに帰ってくると思うから、もう少し待っててやってくれないか?」

「そうですね。ありがとうございました。李君」

ニコッと表情を和らげて、知世は小狼に一礼する。
どんなに親しい友人に対しても、彼女は一通りの型を外さないつき合いかたをする。
彼女自信が持っている性質の他に、小さな頃から行われた家での躾の問題でもあるのだろう。
知世の実家も大きな財力を抱える旧家だと聞いている。

ある意味自分と似たような境遇にある知世に、小狼は複雑な思いを抱いて その後ろ姿を見つめた。




(しかし・・・一体どこにいったんだろうな・・・?)

同じクラスではないから、四六時中側に張り付いて居るわけにもいかない。
さくらの自由な行動時間に、彼女がどこで何をしているのか
だなんて、小狼が追求できるのでもない。

子どもじゃないんだから心配する必要はないんだし・・・
校内の何処かにはいるんだ・・・・。

頭ではそう思っていても、小狼の体は別に動いていた。
図書館、食堂、教員室、音楽室。
さくらが顔を出しそうなスポットを一通り探しまわって、小狼は大きくため息をつく。

(何やってるんだろ・・・・俺・・・・・)

近頃病的にさくらを心配するようになっている。
そしてその理由も、理解していた。

裏庭の大きな木にもたれ掛かり、小狼は目を伏せる。

さくらが手元から離れていってしまう不安。
拭っても拭っても、頭からこびりついて離れない苛立ち。
気が付けば、彼女のことばかり考えている自分への戸惑い。

(こんなんじゃ・・・ダメだ・・・)

自分らしくない。

自分らしいのが何か・・・だなんて、よくわからないが、
少なくとも1人の少女のことばかりを考えて、
その行動に一喜一憂したりする人間ではなかった。

少なくとも、彼女に会うまでは・・・



「それにしても・・・・・一体どこに・・・・・・・」

ふぅっと息を付いて小狼は空を仰ぐ。
追いついていかない感情ばかりが、胸の中で空回りしている。
釈然としない不安が小狼の胸を渦巻いた。

その時に、木の裏手から大きな声が聞こえた。


「好きなんだ!」










☆☆☆ Act 2 ☆☆☆


「好きなんだ!!!!」

大きな声と、聞こえてくる内容にギョッとして、小狼はもたれ掛かっていた体を木から離す。
こんなシーンに出くわしてしまったことで、相手に対する申し訳なさと
他人の告白シーンを聞いてしまった気恥ずかしさからか
慌ててその場を離れようと反転する。


「・・・・・・ごめんなさい。お付き合いしてる人がいて・・・・」

だが、聞こえてくる声が、自分のよく知っている声と重なって小狼の動きがピタリと止まる。

「知ってる・・・・・でも・・・・好きだから・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

簡単に切り返してくる同級生に、さくらは返答に困って俯く。

真剣な表情で思いをうち明ける人を、さくらは今までに1人だけ知っていた。

あの時は、ドキドキした想いが心の中に一杯に広がって
幸せで・・・・・。
だけど、どうしたらいいのか分からない戸惑いで心が揺れた。

(・・・・わたしの好きな人は・・・・・)

がしっと肩を掴んでくる同級生に対し、恐怖心がさくらの心に芽生える。
だが、相手の真剣な目を見るとさくらは何も言えずに押し黙ってしまう。
好きな人の一番が、自分でないときの辛さを、彼女はよくわかっていたからだ。

その一瞬の変化を男は見逃さなかった。

さくらを強く抱きしめ、荒々しく背中から髪にかける体のラインをまさぐる。

「やっっ!!」

(小狼君!!!!!!)

厳しい抗議の声に男はハッとした表情でさくらを離して、あやまる。

「・・・・ごめん・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「俺・・・本当に木之本さんのことが好きで・・・・」

「・・・・・・・・・」

(わかっている・・・・でも・・・・)

好きな人の一番が自分ではない・・・・その事実を押しつけることは
心の優しいさくらにとって、とても辛いことだった。
目の前にいる彼が、数年前の小狼とタブってしまってさくらの胸を締め付ける。

だが同時に彼と小狼の決定的な違いに、さくらは気が付いた。

小狼は決して相手に自分の考えを押しつけたりしない。
あくまでも、他人の意見を尊重して
他人の事を第一に考えてくれて・・・・ 。
いつだって、さくらの気持ちを落ち着かせてくれる。

だから自分はそんな彼を好きになったのだ。

(わたしは小狼君が一番好きなの・・・・・)

告げたい想いを瞳に浮かべて、さくらはまっすぐに同級生の男を見上げる。




「ダメだ」

さくらの瞳の訴えは一瞬の内に遮られた。

「李?!!」
「小狼君?!!」

一部始終を見ていた小狼が、ガビガビとした顔を押さえようと
わざわざ厳しい表情を作ってさくらと男の間に割って入る。

同級生の行動には、激しい嫉妬から・・・・殴り飛ばしてしまいそうな感情が生まれた。
が、小狼は寸での所でそれを堪えた。

どうしようもないけれど・・・好き。

この感情だけは、人間どうにもならない。
それは小狼自信が身をもって理解している。
だが、小狼にだってどうしても譲れない想いがある。
どうしても、貫きたい想い。
誰にも渡したくない宝物。



ゆっくりと小狼は、さくらを自分の後ろに隠して、同級生に対峙する。

(小狼君・・・・)

自分の姿をすっぽりと包んでくれる小狼の広い背中に ほっとする安堵感が生まれ
さくらの緊張がゆるゆると音を立てて緩んでいく。
強張った頬に、優しい色が広がり
さくらは、いつもの周りをホッとさせる笑みを顔に浮かべた。


ギュッとシャツを掴むさくらの手を、そっと優しく包み込んで小狼は譲れない想いを告げる。



「悪いけど。コレは俺のだから」



本人の顔を見なければ、小狼もコレくらいは言えた。
もっとも、のちに冷静になって思い返したときに激しい羞恥心に襲われるのであるが・・・・

凛とした小狼の物言いに、彼はカァッと赤くなった。。

「あぁ・・・そうだったな・・・ごめん・・・・・」

気まずい思いを表情に落として、向かい合ったままだった男は謝る。
格の違いを、まざまざと見せつけられて、明らかな敗北を悟ったのだ。









☆☆☆ act 3 ☆☆☆



「わたしはね、小狼君と一緒にお正月を迎えられるの。嬉しいよ♪」

さくらの部屋で藤隆特製お雑煮を食べながら、さくらは嬉しそうに告げる。
今年は実家には帰らないで、日本にいる。
と聞いたので、それだったら・・・と
さくらの父藤隆が、小狼を木之本家の年越しパーティーお泊まり会に誘ったのだ。

「・・・・お・・・俺だって・・・・」

そんな彼女の可愛い笑みに、小狼はうっすらと赤くなって必死に返答しようと試みる。
が、照れてしまってなかなか続く言葉は出てこない。 

「ほぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜(怒)」

「お兄ちゃん!!」

背後に突如現れた鬼神のような声に、小狼はぶるっと身をすくませる。

「俺だって・・・なんだって?」

ぴくぴくとこめかみを振るわせながら、桃矢は小狼に厳しく詰め寄る。
背筋にゾクリとした悪寒を感じながらも、小狼は冷や汗を浮かべたまま動けない。

以前と違い、さくらに関することとなると、小狼は桃矢に強く反論できなくなってしまっていた。

桃矢が小狼を追求するのは、妹を心配してのことなのだし
何しろそれについては・・・小狼自信に・・・身に覚えが沢山あるのだ・・・・。

「もぉ!!勝手に部屋に入ってこないでよね!」

眉をつり上げて怒る妹に対し、桃矢は勢いよく振り返る。

「茶!!持ってきたんだろうが!」

「あ・・りがとう。」

毒気を抜かれたさくらは、桃矢の持っているお盆をおずおずと受け取る。

「さぁ、桃矢。お茶運んだんだし、そろそろ邪魔するのは辞めようね。」

「あっっ。こんばんわ。」

ヒョッコリと顔を覗かせた雪兎が、桃矢の後を追ってさくらの部屋に入ってくる。
小狼は、慌てて姿勢を正し 雪兎に向かって挨拶をする。

「はい。こんばんわ。ごめんね、気の利かない兄で」

「「えっっっ?!!・・・・」」

2人揃って雪兎の声に素早く反応する。

「直ぐに撤退するから」

「あの・・・」

意味ありげなセリフにドキドキとした心臓を押さえて、さくらと小狼は雪兎を凝視した。
雪兎はほえほえしているが、結構核心をついた意見を時々する。
そうして、さくらと小狼の心臓を飛び出させる程驚かせることが、しばしばあるのだ。

「ユキ!!何処行くんだよ??」

「除夜の鐘でも突いてこようよ。どうせヒマなんだし」

「ちょっと待てっ・・・こら、ユキ!!襟を引っ張るな!!」

慌て声の桃矢の意見をお構いなしに、雪兎は桃矢の洋服の襟刳りを掴み、
ずるずると引っ張りながら 部屋から撤退しようとする。

「いってらっしゃい。お兄ちゃん♪」

いち早く復活したさくらが笑顔で兄と雪兎を見送る。
嬉しそうなその様子に桃矢は舌打ちしたが、
ほえほえとした笑みで自分を引きずる雪兎にも逆らえない。
仕方なく諦めてせめてもの一声をさくらに投げかける。

「さくら!!ドアは最低30度は開けて置くんだぞ!!」

「はいはいはいはい。」

機嫌の良い声で明るく返事をしつつ、
さくらは笑顔で兄とその友人を見送ってから、バタンと扉を閉める。

「こら!!さくら!!」
「桃矢、いい加減にしないと怒るよ。」

ぴしゃり一喝する雪兎に、桃矢はついに黙った。

その様子を扉越しに聞いていた2人は
くすっと互いに笑みがこぼした。

部屋の中に和やかな空気が流れる。

「あはは・・・お兄ちゃん最近雪兎さんに頭が上がらないみたい」

「だな。あの様子じゃ・・・」

くっくっく・・・と可笑しそうに小狼は同意する。

ところで・・・・と、さくらは独り言のようにささやいてから、小狼を見上げる。

「ね、さっきの続き・・・」

小さく小首を傾げてさくらは小狼に尋ねた。
一瞬なんの事だろう?と首をひねったが、すぐに思い当たる。

「・・・・・・・・」

(困った・・・)
と、髪を掻き上げて小狼はさくらの期待を込めた瞳から顔を背ける。

「俺だって?」

瞳を輝かせてさくらは、頭1つ分大きい小狼の顔を覗き込むようにして
もう一度尋ねる。

(かわいい・・・・)

無垢でキラキラすと期待を込めた瞳に・・・・逆らえるはずがない。
小狼は観念してつぶやく。

「・・・・・・・・・・・嬉しいさ・・・・」

自分も桃矢と同じだ・・・
一番好きな人には頭が上がらない・・・・

「うふふふ」

「なんだよ・・・」

幸せそうに微笑むさくらに、小狼は照れ隠しからか、ついぶっきらぼうに尋ねる。

「えへへ。」

チラッと小狼の顔を覗き込んで、さくらは続ける。

「この間小狼君、隣ののクラスの男の子に言ったでしょ?」

「?」

「「さくらは俺のだ」って」

「っっ!!!」

ウッと言葉を詰まらせて、小狼は耳まで真っ赤になってさくらを見つめる。

「あれね、どこからか伝わっちゃったらしくて・・・新学期はこの話題で持ちきりだろう。って・・・千春ちゃんから電話があったの。」

「ごめん・・・・」

「えっ?なんで謝るの??嬉しかったよ。
それに・・・わたしあの時、どうして小狼君のこと好きになったか・・・・改めて気がつけたし。」

「えっっっ?!!」

うなだれた仕草で頭を下げていた小狼だったが、さくらの思いがけないセリフを聞いて、弾かれたように顔を上げる。

「ふふ・・・内緒♪」

クスッと笑って、さくらは愁いのない笑みを小狼に向ける。

「楽しみだなぁ〜〜。新学期!」

「ばか・・・」

「む〜〜」

それが小狼の照れ隠しとわかっていて、さくらは敢えて抗議の声をあげてみせる。

しんと静まり返った部屋の中で、2人の瞳が交差する。
とくん、とくん、と鼓動の速さが重なって、
小狼とさくらの距離はゆっくりと無くなっていく。







☆☆☆ act 4 ☆☆☆



「年越そば出来たで!!」

バタンと扉を開いて、ケルベロスが登場する。

(あぁ・・・・今年は最後まで・・・・・)

涙を呑んでさくらと小狼はケルベロスを眺める。
ん?と、ケルベロスは、恨めしそうな目で自分を見つめる2人に小さな目をしばたかせて尋ねる。

はぁ。と短く小さなため息をついて、小狼が先に立ち上がった。

「・・・・・行くか。」

「そ、だね。」


新学期が始まったら、きっと自分たちはウワサの的になってしまうのだろう。

(まぁ・・・・これでさくらに横恋慕してくるヤツも現れないだろう・・・)

なんて打算的な事を小狼が考えているのも気づきもせずに、
さくらはケルベロスの後を追って部屋を出ていこうとする。

「行こ!!小狼君!!」

くるんと自分に振返ってさくらは極上の笑みを投げかけた。

思考をめぐらしていた小狼の心臓に、どくんと脈打つ新しい波がやって来くる。


どうやら、聖母のような彼女の微笑みが
小狼に安らぎと平穏な生活をもたらしてくれるわけでは・・・・・ないようだ。




END



ブラウザを閉じてお戻り下さい。