その満開の花の下





「小狼さま、準備はお済みですか?」
「ああ。準備といっても特にないからな。」
「さようでございますか・・・いよいよ明日でございますね。」
「ああ。」
「淋しくなります。」
「ちょくちょく帰ってくるさ。それが条件でもあるし。」
「はい、わかってはいるのですが・・・
 明日は朝が早いですから、もうお休みになった方がよろしゅうございますよ。」
「わかってる。」
「では小狼さま、おやすみなさいませ。」
「おやすみ・・・ありがとう。」
ドアの向こうへ消える瞬間、偉の肩が震えている気がした。

一人残された俺は、床に座り込んで視線を巡らせてみる。
見慣れた部屋・・・肌に馴染んだ空気。
開け放たれた窓から流れ込んでくる、風、匂い・・・音。
遠くさんざめく姉上たちの笑い声。
生まれ落ちたその日から、ずっとずっと包まれていた気配。
瞳を閉じて五感を開放すれば、
それらは、打ち寄せる波の様に、
あるいは羊水の様に、ひたひたと俺の身を浸していく。
温く弛緩する感覚・・・居心地がいい。まるでゆりかごだ。

けれど、俺は・・・
見つけてしまったんだ、ここ以外におれの居場所を。
すべてを無くしても、帰るべき場所を。

明日、俺はこの家から旅立つ。

最初は、誰もが子供の戯言だと取り合ってもくれなかった。
離れていれば、そのうち気持ちも冷めてしまうだろうと。
けれど、やがて・・・それはとんだ見込み違いだと、気づくことになる。
なぜなら、俺達は知っていたから。
運命を感じるのに、年齢など関係ないって事を。
あの日から俺は、そのためだけに過ごしてきたんだ。
お前との約束を果たす、ただそのためだけに。

諦めない俺に、親族が諦めるまで二年。
二年もあいつを待たせてしまった。
けれど、それは考えるのには十分すぎる時間だった。
繰り返し自分に問い続けた、存在の意味。
「答え」は、いつだってたったひとつ。
会えない淋しさも、会いたい切なさも、
もどかしさも、悔しさも・・・
すべて愛しさに変えて、この思いが俺を強くしていく。
そう、俺はこの先いくらでも強くなれる。
この胸に、あいつを感じることができる限り。

季節の移ろいを感じられないこの街で、彼の地を思い出す時、
それはいつも、四季の色で美しく彩られていた。
銀箔の海、彩りの木の葉、舞い散る雪・・・
そして今は、桜の季節。
その満開の花の下、同じ制服を着た俺を見て、
あいつは、どんな顔で笑うのかな。
それとも、泣く?
大丈夫・・・その笑顔も、涙も、なにもかも・・・俺が守るって決めたから。
抱きしめたら、離さない・・・もう決して。

願わくば、笑顔に会えますように。
そして、俺の未来のすべてにあいつがいますように。
さくら・・・
すべては、明日・・・明日、始まるんだ。





(・・・小狼くん・・・?)
(香港での手続きがやっと終わった これからずっとこの友枝町にいられる)
(ほんとに・・・?)
(ああ)
(もう手紙とか電話だけでがまんしなくていいの?)
(ああ)


(これからは ずっといっしょだよ!)






                            Ende.




<ぷにゅん様コメント>

一応、後書きです。

ごめんなさーい!
おそくなりました、引越し祝い。
遅い上にとんだ季節はずれ・・・(泣)
だって、引越しをキーワードにしたら、こんなのしか浮かばなかったんだもん・・・
その上、このお話は、Pochiさんちに投稿した
「Dreaming about you」に微妙に続いていたりします。
私ったら、一つのエピソードを使いまわす省エネさん!(殴)

清雅さん、こんなんでゴメンね〜
とりあえず、お祝いの粗品ってことで・・・(おいっ!)





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