インタビュアー




仁科真由子は悩んでいた。

本番迄あと一時間をきったというのに対象が見つからないのだ。

(この仕事向いてない。)

本気でそう思う。

昨日のディレクターの剣幕を思い出しながら真由子は小さくため息をついた。








「仁科!てめぇ、何年この世界の飯食ってるんだ!
 今日のありゃなんだ。あんなもんでお昼の奥様方の肥えた目を満足させられっか。
 お前のコーナーだけ視聴率下がってんだよ。
 これ以上下げてみろ。どうなるかわかってんだろうな。」

「はい。頑張ります・・。」

真由子は消え入りそうな声で答える。

わかっているのだ。
自分のコーナーがつまらない事くらい。

だが、今時、街角インタビューで視聴率を取ろうとする企画自体にも多少、問題があると思う。
スポンサーはそのことについては何も言わないのだろうか。

いっそのこと辞めてしまいたい。
だが、ここで仕事を蹴ったら再び自分がこの世界で生きていくことはないだろう。

27歳の自分に残された道は唯一つ。

田舎に帰って母の勧める見合いを受ける事・・。

いやだ。もう少し挑戦したい。
未だに子離れできずにあれこれと世話を焼く母の姿を思い出すたびに思う。
結婚がそんなにいいものとは思えない。
私はキャリアウーマンとして生きていきたいのだ。
そのためにも今逃げるわけには行かない。
だから・・・


今度こそ面白いものにしてみせる。

そしてそのためには皆が驚くような対象を見つけなければ・・。




そう固い決意ででて来たものの、平日の昼間にそんな都合のよい対象は見つからない。

行き過ぎるのはごくありふれた日常だけ。



田舎の母親の顔がちらつき出す頃、真由子は奇妙な人影を見つけた。



目元まで隠れるような深い帽子にサングラス。
目立たぬようにしたいのかと思いきや、
首から下は花柄のふんわりとしたワンピースを身に纏っている。
そしてなぜか片手にはビデオ。
若い女性なのは間違いない。

彼女はビルの間に身体を隠すようにして何かを撮っていた。

同業者?いや、それにしては他のスタッフの姿も見当たらないし
興信所の人間かもしれない。

それにしては派手な服装だが・・・。


俄然興味を覚えた真由子はそっと彼女の後方に近付くと
望遠を使っているらしい最新式の小型ビデオの向けられている方をみる。

そして彼女は見つけた。

50メートル先からでもその二人の存在感は際立って見えた。

若い男女のカップルだ。

初めはどこかで見たような気がして、一瞬芸能人かと思う。

それほどに二人は特別の雰囲気を持っていた。

年の頃は二十台前半だろうか?

男性の方は身長が高く、すらりとした体つきをしている。
きりっとした表情で歩く姿は普段着にもかかわらずどこか品の良ささえ感じる。

女性の方は明るい笑顔で話しながら歩いていたが長い髪の良く似合う美しい人だ。

廻りをすれ違う人々が一様に振り返って行くのが二人の非凡さを示している。

もう少しよく見ようと前に出ようとする真由子に謎の女性が気づいた。


「あら、あなたもあの二人のファンなんですの?」

「い、いえ。私はCFSテレビのお昼の番組、『昼ざます』のコーナー、
 『街でみつけたこんな人』を担当している仁科といいます。」

真由子は日頃の癖で名刺をさしだすと言った。

「あの二人はどんな方達なんですか?」

ファンなのかと聞かれるくらいなのだから、有名人なのだろう。

たまたま有名人に会うというのも設定としては悪くないかもしれない。

だが、その質問に謎の女性は驚いたように言う。


「まぁ、あの二人をご存知ないんですの?塔和大学のベストカップル、
 さくらちゃんと李君ですわ。」


「はぁ。ベストカップルですか・・」


一瞬、肩透かしを食らった真由子だが、
同じ一般人でもその辺のOLよりはいいと考え直す。

本番まではあと20分。

真由子は二人の元へと駆け出した。








「街頭インタビューですか?」

怪訝そうな顔で自分を見つめる彼、確か李小狼といったか、を見て真由子は驚く。
離れて見たときも美形とは思ったが
これほどのハンサムな男性は見たことがない。

通った鼻筋も引き締まった唇も一つ一つのパーツが
よくここまで形よく作られたものだと感心してしまう。

中でも薄茶色の瞳ときたら・・・

瞬きの少ない目で真っ直ぐに見つめられると
自分の歳を忘れてポーッとしてしまいそうだ。

すらっと細身の身体つきも半袖のシャツから伸びる腕を見る限り筋肉質で無駄がない。


「面白そう。まだ時間はあるし、協力してあげようよ。」
そう答える彼女。

実はこの彼女をみて真由子はもっと驚いたのだ。

こんなに可愛くて綺麗な子が一般人としていることに・・。

柔らかそうな白い肌に大きな瞳が印象的で
なによりその笑顔が一点の曇りもない空のように晴れやかで
彼女の顔が綻ぶと花が咲いたように辺りの空気が明るくなる。

見ているだけで癒されるような気持ちになるのはなぜだろう。

そしてそんな彼女の華奢な身体が背の高い彼に寄り添う姿は
どこから見てもピッタリで、まるで二人で一つの絵のように見えた。


(これは、ベストカップルどころじゃない。)


まるで神からの贈り物のような二人の出現に
真由子は名誉挽回のラストチャンスとばかりに出演交渉に全力を注いだ。










「はい、本番!5,4,3,2,1、キュー!」



「こんにちは。仁科真由子の街で見つけたこんな人のコーナーです。
 今日はとっても素敵なカップルを見つけてしまいました。」


カメラが廻っている。


「緊張するね。」
小声でさくらは言う。

そう言っている割には楽しそうだ。ニコニコと営業スマイルも様になっている。


(経験豊富だもんな。)


小狼は思う。小学生の頃から知世のビデオの被写体として
日常生活まで撮影されていた彼女は撮られる事に慣れているのだろう。

モデルの経験もあるし、何より、母の遺伝子を深く受け継いでいるのだから。

彼自身も仕事柄、緊張とは程遠い生活をしているが、生来の無愛想も手伝ってか
笑顔を出す気にはなれない。





「では、彼女に質問です。二人の馴れ初めは?」

「えっと、小学四年生の時、小狼君が転校してきて、知り合いました。」

「長い付き合いなんですね。どうりで雰囲気もぴったり。
 では少し突っ込んで聞いてみましょう。
 同級生が恋人になったのはいつ?」

マイクが小狼に振られる。

(こんな質問するなんて、聞いてないぞ。)

抜き打ちの攻撃に、先ほどのポーカーフェイスはあっさりとくずれ
彼は真っ赤になりつつ答える。

「五年生の時・・」

「うわ〜!おませだったんですね。じゃあ、もう十年以上のおつきあいですか?
 では、彼女にずばりお聞きします。正直にこたえてくださいね。

 彼と付き合ってからちらっとでも他の男性に目移りしたことはある?」


(まさか・・・)


自分が質問される以上にどきどきしながら小狼は耳をすます。
不安に感じた事は何度かあったが、全部思い過ごしだったはずだ。
そんな彼の心中を知る由も無く、さくらは少し俯きながら答える。

「・・ありません。ずっと小狼君だけです。」
(ほぇ〜。恥かしいよぉ〜!)

「皆さん、聞きました〜?熱いですね〜。
 今年の最高気温を上回らせそうな熱さです。
 こんなに可愛い彼女に熱愛されているなんて。にくいなぁ〜、彼。

 では、そんな彼に質問です。どんな時の彼女が一番好き?」


(どんな時って・・・それは・・・)
「・・・***」


「えっ?聴こえませんでした。もう一度。」


「・・・全部。」


小狼の言葉に、これ以上無いほどに二人は赤くなる。
テレ捲くりながらも正直に話す二人に、真由子は手ごたえを感じて
次々と微妙な質問を繰り出してゆく。

二人にとって、十分間を一生分程に長く感じさせながら、
熱いインタビューは続いた。










「恥かしかったね。でも、普段聞けない小狼君の気持ちが聞けて私嬉しかった。」

「俺はこりごりだ。」

「ふふっ。知世ちゃんが聞いたら、いい場面を撮り逃したって悔しがるね。」

「冗談じゃないぞ。でも大道寺の事だからオンエアー見てたかも知れないが・・。」
小狼の心底嫌そうな表情にさくらは笑い転げながらも、フォローを入れた。

「そんな事無いよ。だってそろそろ待ち合わせの時間だもん。」

「待ち合わせって、今から教会に打ち合わせ行くんだろ。」

「今日は衣装合わせもあるから、知世ちゃんも一緒なの。昨日、言ったでしょ。」

小狼はため息をつく。

今日は一日カメラに追い掛け回されそうだと考えながら。





そんな二人を通りを挟んだ前方50メートルから撮影する人物は
幸せそうな笑顔で呟く。

「思いがけず、『さくらちゃん、お茶の間の人気を独占の巻き』が撮れるなんて
 今日はついてますわ〜。」










「仁科!今日の二人大反響だぞ。あっちこっちから問い合わせが続出だ。
 スポンサーからもよくあの二人に出演をオーケーさせたとお褒めの言葉を戴いたぞ。
 それにしても今話題の二人をサクラに使うなんて。どこのコネだ?」


「はぁ?今話題の二人って・・」


「まさか、知らなかったなんていうんじゃないだろうな。
 香港屈指の李家の跡取息子と雨宮財閥の曾孫娘の二人だぞ。
 今週の『マンディー』がいよいよ結婚かってすっぱ抜いただろう。」


「ええっ?!」
(そんなことも知らないなんて、やっぱり私、この世界に向いてないみたい。)


だが、今日の二人の幸せそうな様子を思い出して知らず知らす笑みがこぼれる。
(結婚もいいものかもしれないな・・・)






                                           END








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