Holy Night







小さな頃から クリスマスツリーを飾るときにいつも

お父さんはイブの思い出を話してくれた

私はいつもおなじ場面で手が止まる お兄ちゃんは聞いてないふりしてる

そして 最後に必ずこう言うの

イブは 特別な夜なんですよ

お父さんは楽しそうに笑った










その日まで友枝町にいないんだ、という言葉がさくらの耳に響いた。

「・・・そっか。」



終業式をまじかに控えた冬の休日。

昔からの仲良しメンバーが集った午後。

イブの夜には、皆で丘の上のクリスマスツリーを見に行こう。

そんな事を言い出したのは、

山崎と千春。

見たい、見たい、と賛成したのは奈緒子と利佳で、

では、夜8時にまちあわせでいかがでしょう?

そう提案した知世に応えた、小狼のそっけない声―――



「・・・しょうがないよね。」

その日会えないからといって、それがどうしたというのだろう?

小狼が数日家を空けることなんて、珍しくなんかない。

この町に居てくれれば、小狼と共有できる時間はいくらでも有るはず。

・・・だけど。

「ざんねんだね!豪華なプレゼント、用意するつもりだったのに。」

さくらは何かをごまかすように、はしゃいでみせた。




これ差し入れのジュースですって、好きなの取ってくださいな。

お喋りに疲れた頃、知世がクーラーボックスを床に置いた。

めいめいの好みに、ありがとう、と言っては手を伸ばす。

小狼は、いつものように皆が取り終えるのを待っている。

ね、李君。

山崎がニコニコしている。

「なんだ、嬉しそうに。」

山崎はおもむろに、レモンジュースを手にとり言った。

本当に欲しいものにはね、自分から手をのばさなきゃダメだよ。

はい、と小狼に向かって手を伸ばす。
釈然としない小狼。

「・・・。俺、そんなにコレが欲しそうな顔してたか?」

山崎は、ジュースをなかなか受け取らない小狼に向かって
ちがうよ、と投げた。

李君がそんな顔できるくらいなら、最初から言わないよ。

パシッと受け取った小狼は、こんな細い目してこいつ・・・と山崎を見た。






「じゃ、行ってくるね。」

家族3人と雪兎でのパーティーのあと、さくらは玄関でブーツをはく。

何年か前から、4人で過ごすクリスマスが当り前になっていた。

それは、もちろん心躍る楽しい晩餐。

(―――でもどこかに、すこし違うクリスマスがあるって気がするよ。)

父と、兄と、大切な友人の顔を順番に眺めてからドアノブに手を伸ばした。



ちょっと待って、さくらさん。今夜は寒くなるから。

藤隆がさくらにふわりと赤いコートを着せる。

・・・ガキ同士でツリー見に行って、何が楽しいんだか。

桃矢がさくらの頬をわざと膨らませるようなことを言う。

あまり遅くならないようにね、さくらちゃんのナイト君がいるなら別だけど。

雪兎がさくらにウィンクした。

「・・・はい、い、いいえ。あの・・・大丈夫です。」

赤くなりうつむきながら言えた、精一杯の返事。


どこか上の空なさくらが、バタンとドアを閉めて出て行った。

さくらさん、今夜が聖夜ということに気付くといいのですが。

藤隆が微笑んだ。






さくらはイルミネーションで飾られた街並みを通り抜ける。

息をのむほど、綺麗にお化粧した街路樹。

でも今、美しさも嬉しさも楽しさも半分しか感じていない気がする。

数年前までは、こころは全て自分のものだった。

「残りの半分は、どこにあるの?」

もう家族や友人では埋められない、こころにできた穴のようなもの。

「・・・小狼くんがいないから?」

でも小狼がいないと本当の自分になれない、とは思いたくない。

(私がそんなのだったら、きっと小狼くんを困らせるだけだから。)




やがて、丘の上の教会が視界の片隅に映った。

見上げるほどの大きなもみの木に、精一杯またたくライトオーナメント。

教会の広すぎる庭に、取り囲むように人々が集う。

さくらちゃん、こっちだよ。

友達の声がする方へ向かうさくら。

「おまたせ、私がさいごだね。みんな・・・居る・・?」

1人少ないだけなのに、とても少ないって気がした。



李君いらっしゃらなくて、残念でしたわね。

知世が、ツリーを一心に見つめているさくらに、そっと耳打ちする。

「え?ううん。わたし、別に・・・」

小狼くんがいなくても、ぜんぜん平気。

そう言ってみようと思った。

けれど、口から出てこなかった。

そんな考えを吹き飛ばすように、さくらは笑顔で言う。

「やっぱり綺麗だよ〜!また来年も見れるかなぁ。」

見れるわ、さくらちゃんなら。きっと今年よりずっと綺麗なツリーを。

にっこり笑った利佳の言葉が、さくらの心を揺さぶった。

「・・・え?もっと飾りが増えるの?」

このツリーにはね。好きな人と見ると、もっともっと綺麗に輝くって伝説があるんだよ。

そして、その伝説をみんな信じてるのよ。もちろん、私達も。

少し照れた山崎と千春の言葉が、さくらの眼を輝かせた。

「そうだよね。私も・・・私も信じたい。」








ツリーの電飾が消えたと同時に、少しずつ減っていく人の後ろ姿を穏やかに眺めた。

そこ、いちばん風が当たって寒いとこだよ、大丈夫?

さくらを気遣う奈緒子の気持ちが暖かい。

「ありがと。でも、いいのここで。ここに居たいの。」

もし誰かがツリーを見に坂を登ってきたなら、ここにいたら見つけてもらえる。

じゃ、気をつけて。MerryXmas。また明日。

1人残ったさくらに、あえて何も聞かず立ち去る友達。

やがて最後のキャンドルが消え、辺りは静寂と暗闇につつまれた。






さっきまで、小狼がいないとすべての感情は半分になる、とさくらは思っていた。

(そうじゃなくって、小狼くんがいると倍になってたの。)

こころの半分は失ったのではなくて、大切な人とわけあっている。

だから焦ったり我慢したり不安になったりしなくていい。

そのわけあった半分は、もっと大きくもっと広くできるのだから。

だから、最後まで諦めない。

大好きな人と過ごす、XmasEveの夜を。

ほんの一瞬でもいい。

それはきっと今までのイブの夜の、何倍もすてきなはずだから。

(うんと素直になって、うんと願ったら―――)












――そして 思い出は再現される――












さくらは、すうっと息をのみ深呼吸した。

「さっきから、そばに居てくれてたんだよね?今夜は聖夜だもん。・・・やっと気付いたよ。」

はらり。

返事のように、天から純白の小さな羽が舞い降りる。

その羽を捕まえて、さくらは大切そうに両手で握り締め、眼を閉じた。

藤隆の話のある場面と同じことが起きる予感が、体中にひろがる

そして、そっと眼を開けた。

「・・・あのね。あの男の子だよ――――おかあさん。」

霞がかった坂道のむこうから、徐々にその姿が現れてくる。

暗闇の中にかすかに浮かぶ、飽きるほど見慣れたシェイプ。

その時合図したかのように、粉雪が舞ってきた。

砂糖のような雪を降らす天上を、眩しそうに見上げる小狼。

「・・・いつか見てほしかったの、おかあさんにも。私の1番好きな人を――」

やがて小狼は、穏やかな微笑をうかべてさくらの前に立つ。

――この瞳も――

さくらの柔らかな栗色の髪に降りかかった粉雪を、そっと手で払い・・・

――この手も――

白いファーが付いたフードを、包み込むようにかぶせてあげ・・・

――この優しさも――

いたずらっぽく、そのフードをぐいっと下に引っ張り
前が見えなくなったさくらの不安げな唇に・・・

――すっごく照れ屋なくせに――

大切そうに自分の唇をかさね、さくらをふわりと抱きしめた。

――暖かくてドキドキする・・・キスをくれるひとを――。

さくらは、その背中をぎゅうっとにぎりしめた。






「・・・ばか。こんなに冷えてしまって。」

「ずるいよ、小狼くん。いま顔・・・よくみえなかった。」

そうつぶやいたさくらの耳元で、小さな声がする。

「そ、その方がいいんだ。」

――そして――

少し大きくなった雪に紛れて、ひらひらと楽しげに舞う、もう1枚の羽。

さくらを抱きしめたまま、小狼はその羽をつかまえて不思議そうな顔をした。

その意味を、さくらだけが分かっている。

暖かい胸に頬をよせているさくらの手に、さらに力が入った。

「けど・・・。特別な夜だったんだな、Xmasイブって。」

香港に居る間のイブの夜は、賑やかさがどこか虚しいだけの夜だったのに、と思う。

「『聖なるものの降臨し夜』なんだって。お父さん、言ってた。」

小狼は、つかまえた白い羽を眺めてみる。

「あぁ。でも多分、それだけじゃない。」

きっと、今夜は特別。いつもよりずっと、自分の気持ちに素直になれるから――。






「どうして来たの?ふつうだったら、もう暗くて誰もいない時間だよ?」

小首をかしげ、嬉しそうに自分を見つめる甘い瞳が、小狼をドギマギさせる。

大きなもみの木のてっぺん近く、太い枝に2人で腰掛けた。

さっきまでライティングされ、控えめに、けれど誇らしげに輝いていたツリー。

いまは小狼とさくらのために、庇うように雪と寒さを一身で受けている。

「なんとなく、さくらが待ってくれてる気がして・・・。」

小狼の言葉に、ふと、さくらは手の平を開いてみた。

( きっと、おかあさんだね。小狼くんに会わせてくれたの・・・。)

もう1度、手の中の羽をじっと見て、ありがとうと心の中でつぶやいた。

「だから・・・。豪華なプレゼントもらいに来た。」

明るくて人がいたら、もらえなかっただろ。

ぽそっと言って横を向いた小狼の言葉に、さくらの頬が赤くそまった。

「そ、そうだよね。」

「Xmasに欲しいものなんて、考えてもみなかった。
・・・けどやっぱり、あったんだ。」

その額にうっすら滲んだままの汗が、さくらに小狼の気持ちを教えてくれる。

(すっごく急いで来てくれた事、ちゃんとわかってるよ。)

小狼が自分と同じ想いでいてくれた事が、なによりも嬉しかった。

探してたのは、欲しかったのは、
大好きなひとと一緒に過ごすXmasイブだった。

たとえ、真っ赤なリボンにつつまれた宝石がなくても、

眩いばかりのイルミネーションがなくても、

大好きなひとが傍にいるだけで、これまでの何倍も嬉しくって楽しいXmasイブ。

「・・・そんな、単純なことだったんだよね。」

さくらはポケットからハンカチを出し、小狼の額をそっと拭った。









本当に遅くなる前にそろそろ帰ろう、と言い出した小狼に、

はぐらかすような調子で、あのね、と言い出すさくら。

「お父さんも、昔このツリーの前でね、おかあさんをいっぱい待ってたんだって。」

「へえ。で、やっぱりプレゼント貰ったのか?」






プレゼント・・・?

それは・・・?






「そう。もらったの、お父さんも。きっと、こんなプレゼント・・・。」

「え?・・・お、おい。ちょっと待て!そんなところに乗ったら落ちる――」








――――MerryXmas―――

★おしまい★







★ じいまさんコメント ★


たはっ。

ファミリーXmasしか知らなかったほややんな2人が、

これを境に、二人きりのXmasイブに開眼してしまうってことで・・・。

しかし、どーしてもっと可愛い、ほのぼのSSが書けないんだ〜!








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