『真夏のハプニング』




ザザーンと打ち寄せる波。
空を見上げれば燦々と輝く太陽が眩しく目に飛び込む。
雲一つない青空には波の音の他に、楽しそうな人々のザワめく声も一緒に響き渡っている。

8月。夏真っ盛りのある日。
海水浴場となっているこの浜辺には、休日という事も相成って大勢の若者達や親子連れなどの姿で賑わっていた。




「小狼くーん!」
と、一際明るい声。
名前を呼ばれた小狼が振り返ってみると、水着を身につけたさくらが手を振ってこちらに駆け寄ってくる。
その後ろを続いて、知世がゆっくりと歩いてきており…
中学2年生の夏休み。
彼ら3人も、この浜辺に海水浴に訪れたようだ。

「おー、あれが浜じゃ屋っちゅうんやな!」
…いや、もう一人(一匹?)。
知世のバックからひょこっと顔だけ出したのは、ケロちゃん。
彼も人目を忍んで3人にくっついて、同行してきたのである。
──泳ぎに、では(当然)ない。
彼が目を輝かせて見ているのは、限りない水平線が広がっている壮大な海…ではなく、反対方向にある浜じゃ屋、数件──で売られている食べ物の数々。
かき氷に、やきそば、するめイカにラムネジュースにラーメン。
そう、海に来ても、その目的は唯一つ。食べ物のためにやってきたのだ。

「おお! 色々あるやないか〜」
遠目に見ても色とりどりの旗がパタパタと風になびいてるし、またその風に乗って臭いが運ばれてきているのか(ただし、ケロちゃんにだけしか嗅ぎ取れないであろうけれど)、キョロキョロと視線を巡らす姿は実に嬉しそうだ。
そんなケロちゃんの様子に知世はニコニコと微笑ましい顔を送っているが、さくらと小狼は口から吐息を一つ。
さくらは苦笑混じりに、小狼は呆れたように、ケロちゃんの姿を見下ろしている。

「…相変わらず、食い意地の張った奴だな」
ボソリと。小狼が、ケロちゃんにとってはさもバカにしたふうにしか聞こえない口調で言い放つ。
「なんやと! 小僧、もういっぺん、言うてみい!!」
その声が聞こえたケロちゃんはピクン、と耳を動かし、とーぜん猛反発。
ギュンッと羽を動かし、小狼の近くまで飛んで近寄り…
「大体やなぁ、小僧のくせに生意気なんや!」
そう叫び、ぐっとその場で動作を止め、瞳に決意を込めた色を込める。
途端、身体がパアッと金色に光り始めた。

「け、ケロちゃん!」
これに、さくらは大慌てでケロちゃんのほうに駆け寄り、手で身体を押さえつける。
こんな人目の多いところで姿を晒しただけでも充分やってはいけないことなのに、変身して元の姿に戻ったらどうなるか。
──当然、この海辺は騒然と…大騒ぎになることは間違いないだろう。

「ケロちゃん、ダメだよ! 大人しくしてるって約束したでしょ!?」
「放してぇな、さくら。前々から思うとったけど…今日という今日は堪忍ならへん!!」
ケロちゃんの身体を覆い隠すさくらの手の中でジタバタともがくケロちゃん。
もはや彼?の頭の中には、小狼をどつくことしか考えてないようだ。

「ケロちゃん!!」
「やから──」
静かにするよう大声でピシャリと名を呼びつけるさくらに、更に諦めの悪い抵抗を続けるケロちゃんの執念が勝ったのか、次の瞬間、すぽんっと、ケロちゃんの体はさくらの手の束縛から逃れることに成功する。

「おぉぅ〜!」
が、今まで力を込めていたせいか、自分を押さえつけるものが無くなった反動でその身体は勢いよく、びょーんと空へと舞い上がった。

ケロちゃんは慌てて反転し、咄嗟に腕に触れたものを、はしっと掴む。

『するり』

刹那、さくらの耳に届いたのは、布が掠れるような音。

「ほ、ほえ〜〜!!」
さくらは顔を真っ赤にし、ばっと腕を目の前で抱えるように組んだ。

──ケロちゃんが握ってしまったのは、さくら首の後ろに付いていたリボン。
それは、水着を着服するために結んだもので…
それがケロちゃんが掴んだことで解け、はらり…と水着の上部がさくらの体を離れ、ずり落ちてきてしまったのだ。

「!!」
その瞬間をバッチリと目撃してしまった小狼は、ぎょっと驚きを露にしつつ凝視の目を向けたまま──
チラリと見える、はだけた胸の白い谷間に、最初にさくらの水着姿を目にして、ほんのりと紅く染めた頬を益々かああぁっと更に目一杯、真っ赤に染まりあがらせる。


挿し絵


──けれど。

はっと気付けば、ここは人が多く来ている海辺の砂浜の上。
こちらに歩いてくる男女数人の姿が不意に逸らした視界に入った小狼は、焦り、ダッとさくらの傍まで駆け寄ると、ぎゅっとその腕の中にさくらの体を抱き締めた。

「まあ…」
バックの中からタオルを出し、さくらのほうへ歩き出そうとした知世は、自分より早く行動を起こした小狼に少々驚いたような目を向けるが、
すぐにタオルをバックの中に閉まって代わりにビデオカメラを取り出すと、
『この場は李君にお任せすることにしましょう』とばかりに、にっこりと笑みを携えながらカメラのレンズを2人へと向けた。
──ちなみにケロちゃんは、すでに知世のバックの中へと己の身を隠している。

「あ、あの…」
突然、抱きすくめられたさくらは頬を染め、戸惑いの声を出すが…
「は、早くしろ…!」
かけられた言葉に、己の体で今の自分の状態を周囲から隠してくれているんだという彼の意図を悟り、『そ、そか』とリボンを首の後ろで結ぼうとする。

だけれども。

(えーと…)
今のままでは動くことも容易に出来ない。
だから。
「し、小狼君、結んでくれる…?」
おずおずと小さな声で彼に『お願い』してみる。

「え、ええっ!!」
これに、当然、小狼は驚きを示し…
「だ、だが…」
赤く染まった顔をさくらのほうに下ろすが。

「──!!」
その際、目に飛び込んだ、先程よりも間近に迫った『もの』にボッと又もや真っ赤に顔を火照らせ、慌てて視線を外して、ぎゅっと目を瞑った。

そして何とか手探りでリボンを結ぼうとするけれど。

「し、小狼君、くすぐったい、よ……」
視界を閉ざしては上手く出来るはずもなく、
おそるおそる触れてくる彼の手に小さな抗議?の声をあげるさくらに、小狼はワタワタと焦ったように腕を解き、さくらから少々離れかけた。

「ほ、ほえ!?」
再び、ずり落ちてくる、さくらの水着。
慌てて、ぎゅうっとさくらを抱き締める小狼。

「ね、見てみて」
「お熱いねー」
2人の傍を通り過ぎていった男女数人の囁き、冷やかし、口笛などが耳に届く。
それに、かあっと頬を赤く染める双方。

まあ、ハタから見れば…事情を知らない周りから見れば、暑い砂浜の上で思いっきりイチャついているカップルにしか見えないのだから、仕方ないだろう。




それでも数分後、ようやく、どうにかリボンを結ぶことに成功した小狼は、ほっと安堵の溜め息を吐き、さくらから一歩、離れた。

「あ、ありがとう…」
俯いてお礼を述べるさくらの顔は未だに紅い。
「い、いや…」
小狼も同じく。

…が、ジーと回る音に2人は胸に嫌な予感を走らせ…音のする方向に振り返ってみれば、
そこには想像どおり、ビデオカメラをこちらに向けている知世の姿。

「ご安心くださいな。ちゃんとお二人にもダビングして渡しますわ」
レンズから目を離した知世は、にっこりと2人に微笑みかける。

その瞬間、どーっと。
一気に2人が脱力したのは言うまでもない。






真夏の日差しが降り注ぐ海辺で起こった、ちょっとした(?)ハプニング。

「やー、めっちゃ美味いわ〜」
その事件を起こした当人は、知世が持ってきたもう一つのボックスの中に入っていた良く冷えた氷菓子を、幸せそーに頬張っていた。






                                      END





<著者様コメント>

頂いたイラストのお礼として清雅さんに捧げます!
清雅さんのツボを思いっきり!!突いたと思うのですが…どうでしょう?(笑)




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