キャンパスの二人





大学の新学期。
あちらこちらに夏の日焼けを残した生徒達が集う。
彼らの顔はほんの少し疲れを残しながらも、この夏の思い出を又一つ身体に刻み込んだかのように
充実した気が溢れている。
帰省した者、バイトに明け暮れた者、ひと夏の恋を掴んだ者・・。
さまざまな思い出が飛び交うキャンパスに新たな話題の元を振り撒く二人の姿・・。



「ほら、ベストカップルの登場よ。いつ見ても絵になってるよね。」

「木之本さ〜ん、こっちみて〜。」

「李君、素敵!一度でいいからデートして欲しい。」



二人に届かないように囁かれる小さな歓声。
それは余りにも日常の光景だったのだが、今日はそれにある種熱狂的な口調が混じる。



「この前のお昼の番組見た?『昼ざます』のコーナー。
仁科なんとかがやってる奴。出てたんだってね〜。」

「見た、見た。もう、暑いのなんのって・・・一瞬、気温が上がったもの。
李君って小学生の頃からさくらちゃん一筋なんだってね。」

「遠恋、克服するために日本に来たんだって。あぁ、そんなに愛されてみたい。」

「木之本さん、だからだろ!俺だって相手が彼女なら、何もかも捨てられるぞ。」

「何、言ってんのよ。李君だからさくらちゃんも待ってたんでしょうが。」

「それより、『マンディー』よ。結婚だって書いてあったわよ。」

「だってまだ、三年生じゃない。学生結婚な訳?」

「ま、婚約はしてるわけだしね。究極の早生まれの木之本さんも二十歳になった訳だし。
 この夏その準備のために香港帰ってたって。」





二人が行き過ぎる先は、夏の話題から二人の結婚の話題へと次々に変わっていく。
当の二人と言えば、自分達が話題になっているとは露ほどにも思わず、
相変らず楽しそうに話すさくらとそんな彼女を穏かな目で見守る小狼という
いつものあつあつぶりを繰広げていたのだが・・。


そんな中周りとはあきらかに種類の違う視線を持つものが一人。


(今ならまだ・・・)



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「じゃぁ、お昼に迎えに来る。・・・寝るなよ。」

「うっ、寝ないよ。」

「大道寺に言われたぞ。さくらが居睡りするのは決まって李君のお家に泊まった翌日だって。」

「だってそれは、小狼くんが・・・。今日は頑張るよ。」


お互いに自分達の発言に顔を赤らめながら、手を振って分かれる。
小狼は経済学部。さくらは外国語学部の授業へ。
毎日、同じ時限で終る様にとってはいるが、同じ授業を受ける事はない。
李家の代行業も多くなってきた小狼と、平日ゆっくり会えるのは行き帰りとお昼休みが殆どだ。
もちろん彼の帰りが早い日や仕事のない日は別だが・・・。


なんの屈託もなく講義室へ向うさくらを一つの影がそっと見つめていた。



 



「さくらちゃん、昼休み、ちょっと時間取れないかな。話があるのだけど。」


同じゼミ仲間の結城和弥に声をかけられさくらはちょっと戸惑う。
彼はこの塔和大学でナンバー2の人気を誇る学生だ。
均整のとれた体つき。甘いマスク。
そして人を愉しませる話術を持っている。
無口で生真面目な小狼とはある意味対極の性格だ。
だが、一番人気がありながら気にも留めないさくら一筋の彼と違って、
恋人がいたり、いなかったりする和弥の周りにはいつも取巻きが絶えなかった。

もちろん、同じゼミの中で話をすることはあったが、
改まって話しがあると言われるとあまり良い気持ちはしない。
ちょっと辺りを見回せば、こちらに射るような視線をむける数名の姿。

「あんたには李君がいるでしょ。」と暗に言っているその態度は
いくらふんわりなさくらでも気にせずにはいられないほど迫力がある。

「悪いけど、お昼休みは・・」

「李が来るんだろ。知ってる。でも、話っていうのはその彼のことなんだ。
 ちょっと、変な事を知ってしまって・・・。
 本人に確認する前にさくらちゃんに聞いてみたい・・・。」

「小狼君のことなの?」

引き気味だったさくらはその一言に反応した。

「じゃぁ、早目にお昼切上げて来ます。どこに行けばいいの?」



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「じゃぁ、先にいくね。また、帰りにね。」

そう言って歩き出すさくらを小狼と知世はいつもと変わらぬ表情で見送る。
だが、声が届かないほどの距離が開くと二人の顔つきが変わった。

「何か変だな。大道寺知ってるか?」

「いえ。ゼミで一緒の方と調べ物とは・・。らしくない嘘ですわね。
 私がゼミも全て同じなのを忘れているところがさくらちゃんらしいといえば、そうなんですが・・。
 何か訳でもあるのでしょう。どうされますか?」

「行く。知ってから考える方がいい。」

「意見が合いましたわね。」

見えなくなる後姿を二人は追いかけた。





 





広大なキャンパスも昼休みには学生達でいっぱいになる。
ましてこんな秋晴れの日は、90分の長い休みを芝生の上で過ごす者が多い。
そんな中庭を一人横切りさくらが目指したのは家政科の料理実習室。


(確かにこの時間、人の姿はないと思うけど・・。)


「せっかく三年間も憧れ続けたさくらちゃんと二人っきりで話せるチャンスなんだから
 ほんとはもっとムードのあるところが良かったんだけどね。
 どうしても校内がいいっていうから。」

入り口のほうから声が聞こえた。和弥だ。


「小狼君の話ってなんですか?」


軽口を無視してさくらは言う。
その表情はいつも見る同じゼミの仲間としての顔とは違って固い。

「その前にひとつ聞きたいのだけど・・結婚の話は本当?」

「えっ、・・・本当です。日本では来月式をあげる予定だけど・・それが・・」

「そうか。ぎりぎり、間に合って良かった。・・・やめるべきだよ。李との結婚は。」

意外な発言にさくらは急激に感情を高ぶらせて言う。

「どうして?あなたには関係ないことでしょ。」

「確かに・・。でも僕はみすみす憧れの君が不幸になるのを見過ごせない。
 もう少し、落ち着いて聞いて貰えるかい。・・・李は君だけじゃないよ。」

「えっ?」

和弥の一言がさくらを縛る。

(何を言ってるのだろう。この人は。)

自分の効果的な一言に満足したかのように和弥はゆっくりと話し始める。

「僕の実家も事業をやっていてね。そのつきあいで僕も社交界にそこそこ出入がある。
 先日、CW貿易のパーティーに招かれて、そこで彼をみかけたんだよ。
 9月○日、彼はパーティーにでかけたろう?」

さくらは咄嗟に考える。

(そうだ、確かにあの日小狼君はパーティーに出かけた。
 着替え終わるまで私、部屋にいたから・・。堅いものではないからって濃紺のスーツ着てた・・)

さくらは恐る恐る訊ねる。

「小狼君、どんな服装でした?」

「濃紺のスーツ姿だったかな。」

(間違いない。彼の話は本当だ。)

「出鱈目じゃないって判ってくれた?
 結構、さくらちゃん疑い深いんだね。
 で、そこで僕は見たんだ。
 ある令嬢と親しげに話していた李がバルコニーに彼女を連れ出すのを・・。」

「・・・」

「不思議に思って僕は後を付いて行った。物陰からそっと外の様子を伺うと・・
 二人が抱き合っているところだった。
 見間違いなんかじゃない。あれは間違いなく李だった。
 驚いたよ。学校でみる彼は君にべったりなのに、実はプレイボーイなんだなって。」

「・・・」

「本気か遊びかは知らない。君と結婚するというなら、きっと遊びなのだろう。
 君ほど綺麗な子はいないし、まして雨宮財閥の曾孫娘ときたら
 彼じゃなくても本命にするだろうが・・。
 彼との結婚はやめるべきだ。だが、家の事情もあるだろうし、
 それを判ってて結婚するのなら君も遊び相手を見つけたほうがいい。」

無言のままのさくらの瞳から涙がひとしずく流れた。

「ごめん。泣かせるつもりじゃなかったんだ。君が心配で・・。
 何も知らないままじゃいけないと思っただけなんだ。
 それに前から君の事・・・。気を紛らわすだけでもいい。・・僕じゃだめかい。」

和弥は手をさくらの肩におくと抱き寄せる。

「放して。」

涙に濡れたままのさくらが小さく声をあげた。



ガラッ。


「離れろ!」


彼女の声が合図だったかのように入って来た小狼が和弥に向って凄む。
その目は普段絶対に見ることのない光りを宿していて。
ファインダー越しに見る知世さえもあまりの冷たさに怯えるほどに・・。
だが、和弥はさくらを放そうとはしなかった。
逆に彼女の肩を掴んだまま小狼の方に向かせると睨み返す。


「さくらちゃんから離れるべきなのは君のほうじゃないのか!」

「何っ?」

一瞬、怯んだ小狼に向って和弥は一気にまくし立てる。

「いつから盗み聞きをしていたのかは知らないが、話は聞いていたんだろう。
 だったら、君が一番わかっているはずだ。僕の話に嘘がないことを。
 いくら純粋な彼女に言い訳しようとも、君がほかの女と抱き合っていた事実に変わりはない。
 君は彼女を幸せにできない。彼女だってそれがわかったから泣いているんだろう。」

「・・・そうなのか・・さくら。」

俯いたまま自分のところに来ようとしないさくらを見て、
入って来たときの勢いをすっかりなくしたまま小狼は呟く。

「さくらちゃん。」

知世の呼びかけにも応えはない。


「ほら、わかったろう。後は僕に任せて二人とも出て行ってくれ。
 彼女の気持をじっくりと聞いてあとで連絡する。」

いかにも紳士然とした和弥の言い方に再び小狼の怒りが沸き立つ。

「だめだ。さくらは誰にも渡せない。俺のものだ。
 邪魔するなら奪っていくまでだ。さくらっ!!」

叫ぶと同時に素早い速さで間を一気に跳ぶと、和弥の手に軽い手刀を与える。

「うっ。」

「小狼君!」

二人の反応を無視してさくらを抱きかかえると、小狼は外へと飛び出していく。
その間、わずか数秒・・


和弥は今、何が起こったのかわからずにいた。
たった今まで自分の手の中に彼女がいたのに・・・。
呆然とする彼の側で今の雰囲気に場違いな楽しそうな声が響く。

「李君たら、強引ですわね〜。昔は口で負かされる事もありましたのに。
 久々に戦闘態勢の李君を見せて戴きましたわ。ほほほ・・
 お気をつけあそばせ。李君は戦闘のプロですわよ。今の動き見ましたでしょ。
 さくらちゃんは超絶ビューティフルですから、お気持はわかりますが、
 あなたがさくらちゃんに本気で手を出したいなら
 命を幾つかご用意なさってからが宜しいですわ。おほほほほほ・・。」


去っていく知世の高らかな笑い声を聞きながら、和弥は背中に戦慄が走るのを感じた。





         □

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「小狼君、停まって。・・皆が見てる。」

抱きかかえられたまま、恥かしそうにさくらが呟く。
その声に周りを見回した小狼は、にやにやと自分達をみる視線に、
漸く自分が何をしているか気づき、顔を真っ赤にして立ち止まる。
小狼は同じく恥かしそうな表情に変わったさくらを見てほっと一息つくと
キャンパスの木立に腰を下ろした。


「始まっちゃうよ。授業。」

「午後は自主休講。さくらもだろ。」

「うん。」

自分の呼びかけに当たり前に答えてくれる事に、嬉しさを感じながら小狼はさくらを見つめる。

「ごめん。乱暴に連れ出して・・。それとあいつの話。・・言い訳させて貰えないか。」

「大丈夫。信じてるよ。長い付き合いだもの。・・・何か事情があったんだよね。
 それに謝るのは私のほうなの。
 あの人の話聞いたとき、私、なんて馬鹿なんだろうって・・・。
 小狼君のことで変な話があるって言われた時、気づかなくちゃいけなかったのに・・。
 小狼くんがおかしなことするわけないのに、のこのこ付いていって。
 こんな話聞いてる事自体、小狼君に悪いなって。
 もうすぐ小狼君のお嫁さんになるのに、私・・信用してなかったのかなって思ったら
 悲しくなっちゃったの。
 私、お嫁さんになる資格ないよね。・・・ごめんなさい・・」

「そんなことない。俺こそ失格だ。
 てっきり、あいつの話を信じたのかと・・・。・・・さくらのこと信じてなかった。」


生真面目な二人は押し黙る。
どこかでお互いを信じてなかった自分に腹を立てながら。


その時、どこからともなく聞きなれた声が・・

「全てを信じられるようになるのは、これからだと思うのですが・・。
 でも、お二人が資格がないとおっしゃるなら仕方ありませんわ。
 教会のほうはキャンセルの連絡を入れておきましょう。」

突然、にこにこと現れた知世に二人は慌てる。
しかも、しっかりと片手には愛用のビデオをもったまま。

「では、結婚は延期ということで・・」

「だめだ〜!!」
「だめ〜!!」

同時に声をだす二人を、優しい聖母のような表情で眺めながら知世は微笑む。

さ、挿し絵・・・?


「いいシーンも取れましたし、さくらちゃんの代返にいかねば。
 李君の分は山崎君にでも頼んでおきましょうか。」


・・・全く、知世には敵わない
二人は顔を見合わせて笑う。
愛情の確認も終ったし、足りない部分はこれから作っていけばいいのだ。
今は学業優先。

「俺は代返なんて使わないぞ。」

「私も、今日は居睡りしない。」

「ほほほほほ・・」



キーン、コーン。
タイミングよく鳴る始業の合図に、三人はキャンパスを駆け出した。







                                             END






  元蔵咲乃さまあとがき 

 以前、清雅さんに書いてもらった『キャンパスの二人』をイメージして書いてみました。
 プラス清雅さんのお誕生記念パート2ということで
 リクしてもらったインタビューの続きにしてみました。
 (あと何気に『見せびらかしもの』の好きな清雅さんのために前半頑張ってたりする。)
 駄文には変わりないのですが、今更言わせて下さい
 『お誕生日、おめでとう!!今年こそ***頑張ってね。』





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